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アデル「25」レビュー

アデル「25」


自分の歌声で勝負している女性ボーカルが好きだ。

例えば宇多田ヒカル、ロード、アラバマシェイクス
そして何よりアデルだ。


ご存知、アデルは1988年、ロンドン生まれ。
レオナ・ルイス エイミーワインハウスなどと同門のTHE BRITSCHOLL出身。
08年のデビュー・アルバム『19』は全英チャート1位、を獲得。
翌年の第51回グラミー賞の主要部門である「最優秀新人賞」を含む2部門を受賞。
そして、2011年にはセカンド・アルバム『21』を発表。
全米、全英チャートで1位を獲得し、
第54回グラミー賞では、主要3部門を含む最多6部門で受賞。
総販売枚数は3000万枚を超えている。

2015年11月には、約5年ぶりとなる最新作『25』をリリース。
発売わずか1ヶ月ながらその年の全米と全英で最も売れたアルバムとなり。
全世界の販売枚数も2000万枚を超えた。
2017年2月に開催された第59回グラミー賞で全5部門にノミネートされ五冠を達成。

同時にノミネートされていたビヨンセへのスピーチも記憶に新しい。


アデルの楽曲の特徴は
一度聞けば忘れることのできない力強く厚みのある伸びやかなボーカルだ。
カスれも、ヨレもしない。永遠に伸びる美しい直線のような声。
そのボーカルに綿密に計算された美しくもシンプルなピアノや
ビートが額縁を与え、聴くものを虜にする音楽を形作る。
M1の「HELLO」のコーラスを加えながらBメロがサビへと向かう流れに
その魅力ははっきりと表れている。

思わず踊り出してしまう音楽でなくても
フェスで観衆にクラウドモッシュさせなくても
詩のメッセージに感情移入しなくても

ただ、その声を聞いているだけで喜びがある。
つい、いいオーディオ装置が欲しくなる。
そんな音楽を聴くのは楽しい。 
だって音源って本来シンプルに聞くものでしょう。
そんなことをアデルの楽曲は思い出させてくれる。


彼女の楽曲はトレンドを取り入れるけれど追わない。

今回のアルバムでも
ブルーノ・マーズ、マックスマーティン、デンジャーマウスなどの豪華なメンバーとの
が楽曲に参加している。
ブルーノマーズが制作に参加したM10「ALL I ASK」では、アップダウンの激しいドラマチックな展開がアデルのボーカルにさらなる魅力を加えている。
でも彼らが参加してもあくまで彼女の楽曲の主役は彼女のボーカルだ。

ブラーのデーモンアルバーンとの共作は上手く行かなかったとインタビューで語っていたが
そう言うこともきっとあるだろう。彼女は誰かの音楽を歌いたがらない。彼女自身を歌う。
彼女との共作はきっと戦いだ。


彼女のアルバムは新作ごとに作風が一変したりもしない。 
何年もかけて準備しクオリティを整え世の中に送り出される。
そしてその楽曲たちは確かにアデルの楽曲になっている。ジョブズがいるころのAppleのように。


彼女の楽曲はマーケティングと関係がいない
EDMが流行するから踊れる楽曲にしよう
だとか、新生活が始まるから応援ソングにしようとかそんなものとは無縁だ。
握手できなくだって、先行でツアーのチケットが予約できなくたって
そんな付加価値をつけて何かを買わせるんじゃなくて
本来的な音楽の魅力だけで世界で数千万枚売れる。 

そのことは希望だ。

マーケティングされた歌詞の代わりに
彼女は彼女自身を歌う。彼女の愛するもの、失った愛を歌う。
宇多田ヒカルが「fantome」で失った愛する家族を歌うように。

だから彼女に子供が生まれたことは一人の女性というだけでなくアーティスト
としても素晴らしいことだ
M5「Remedy」は彼女の子供を歌った曲だという。
美しいピアノのメロディに彩られた彼女の声は優しく響く。

ボブ ディランかロックに転じたとき
観客が怒ったのは歌詞が聴き取りづらくなったからだ
という話を聞いたことがある。

 

僕も
(ありえないと思うけれど、)彼女の声がろくに聞こえないマスタリングになっていたり
声も楽器の一部として組み込まれるような楽曲になっていたらきっと怒るだろう。


僕はただただ、彼女の歌が聞きたいから。
それを与えてくれることが彼女の声の、

そして、楽曲の他では得難い喜びなんだ。